2010年01月18日

B50いぢり…じゃなくて - L3

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高校二年の夏休みのことです。菅平でのクラブの合宿も終わって夏休みも後半に入る頃、
佐渡まで一人でツーリングに行こうと思い立ちました。

当時町乗りに使っていたのがあの迷車バンバン125でして、
準備の買い物とかして、いよいよ明日は出発って日の午後。
なんだかやけにエンジンの振動が大きいことに気がついたんですわ。

「あんりま〜?」って道ばたに停めていろいろ眺めてみたところ、
エンジンのマウントプレートが片側だけパッキリと割れてましてね。
「うっぎゃ〜〜!こりゃどうすんべ?」って頭をかかえたあげく、
某スズキのショップに駆け込みました。

つったって、そんなマウントプレートの店頭在庫なんか有るわけもなく、
「スズキの東京支店行ってみたら有るかもしんないよ」って教えられましてね、
確か中井とかいうところまで30分くらいダマシダマシ走っていきまして、
「すんませ〜ん、実は・・・」って頭を下げたわけです。

「ごめんな〜、それ、在庫ないのよ〜」ってメカニックさんの答えに落胆したんですが、
「ちょっと待ってな、なんとかしてやっから」と、
そのお兄さんは、さっさとプレートを外しはじめました。

外した板の断面をササっとサンダーで荒らして、板にシャコ万で固定して、
ジジジ〜っと溶接して、ワイヤーブラシでザザ〜っとやって、
缶スプレーでシャ〜って塗ってくれて、そこまで、ものの5分って感じの早業です。

で「明日からツーリング行くんですよ〜。助かりました〜」ってな話をしてると、
空気圧だオイルだ見てくれて、その他もグルリと具合を見てくれまして、
「そっか〜、佐渡か〜、良いね〜」なんて話を聞いてくれましてね。

で「ありがとうございました。お代は?」って言いますと、
「いやいや、在庫が無かったこっちがいけないんだからお金は貰えないよ。
 たぶん割れたりはしないと思うけど、気にしながら行ってきなね」って。

「こういうところのメカニックさんて〜のはカッコ良いもんだな〜!」と、
高校二年の少年は妙に感動しちゃったりしながらスズキの東京支店を後にしました。
もちろん、そのツーリング中も、その後もずっと、そのマウントプレートはなんの問題もなく、
たまにその溶接痕がやけに誇らしく見えたりしましてね。


それが、ボクが「マウントプレート」ってモノとコミュニケーションした最初だったと思います。
あれから30有余年。
まさか自分でマウントプレートを作るような中年になるとは思ってもいませんでしたが、
ずいぶん作りましたね〜。自分の、友達の、頼まれモノ、某チームのヤツ、
たぶん数10枚は、確実に作ってると思います。

鉄でも作ったし、もちろんアルミもいろんな厚みで作ってみましたし、
カーボンの板でやってみたこともありますし、わざわざ真鍮とかでやったのもありましたっけ。
割と簡単に出来ちゃうし、見た目にはちょっとカスタム感を味わえるし、
なかなか愛すべきパーツのひとつですよね。

そんなこんなで、マウントプレートを作るとき、いつも思い出すのが、
少年の日に出会った東京スズキのカッコイイお兄さんの姿です。
ああいう出会いがあったからこそ、モノゴトを「好き」になれるんですよね。

IMG_3280.jpg


人生で何枚目か分かんないマウントプレートを作りながら、
そんなことを思い出してみたりする、夜です。

IMG_3281.JPG



ちなみに、最初に駆け込んだスズキのショップの社長さん、
今ではA.C.T.S.に参加してらっしゃるんですよ。
当時、けっこう速いチームを持っていましてね、そのショップ。
長いことバイクなんかに関わってると、
そんな縁が続く幸せに巡り会うことも出来ます。



posted by 用務員 at 23:33| Comment(0) |  Pastime | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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